技術収益化への道

技術の収益化に向けたよもやま話です。自身の忘備録も兼ねています。

先読みへの挑戦②

以前の記事では、既存事業における新規技術の開発について、顧客の潜在課題を想像することの重要性をお伝えしました。【先読みへの挑戦① - 技術収益化への道

 

本記事では、自社技術を活かした(自社にとっての)新規市場を開拓する考え方を紹介します。下記マトリクスの②です。

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自社技術の棚卸(強みの把握)

新規市場の開拓を検討するには、自社技術の棚卸が必要です。ここで言う棚卸は、自社の保有技術の整理とその技術の優位性(技術力の高さ、特許権の有無など)を把握することを意味します。自社の特許網でどのような技術をカバーしているかという視点ではなく、「自社技術の本質は何か」を追求することが目的だからです。

技術の棚卸を行い、見通しの明るくない事業から鮮やかな事業転換を成功させた好例として、富士フイルムがすぐに思い浮かぶと思います。メイン事業の写真フィルム事業から撤退し、現在では化粧品や医療機器の分野で存在感を示しています。化粧品事業を支える技術として、写真フィルム事業におけるコア技術(①ナノ粒子分散技術、②コラーゲン技術、③抗酸化技術、など)を活用していることが分かります(アスタリフト : 富士フイルム [日本])。写真フィルム事業では、高解像性、色調の鮮明さ、経時劣化の抑制といった写真品質の向上を目指していたはずです。技術の棚卸の際には、これら表面的な機能ではなく、実現させるための技術の本質を見極めたのでしょう。そして、本質となる技術を応用可能な技術領域を見出し、事業的な勝算をもって事業転換を図ったことが成功につながったと考えます。

 

新規用途の探索

対象を限定しすぎない

技術の新規用途を探す上での注意点は、「対象を限定しすぎない」ことに尽きると思います。自社技術を何に応用できるかを探すことが目的なので、調査対象を限定することは用途の可能性を狭めることになります。上述の①の技術を例とすると、ナノ粒子を凝集させずに分散させることが技術の本質であると認識すれば、最初の検索は、「ナノ粒子×分散」程度の簡単な検索として良いと思います。一般に、限定が少ない検索では抽出される特許文献の量が多くなるため、1件ずつ技術分野を見ていくことは、効率の観点から推奨しません。日本の特許文献には、技術分野に応じてIPC、FI、Fタームといった階層的な特許分類が付与されています。特許分類が示す技術分野を照会する必要はありますが、1件ずつ特許文献を読むことなく、技術分野の概要を把握することは可能です。以下に、特許分類の一例を紹介しますが()、特許分類の詳細な説明はここでは割愛いたします(「特許分類」で検索すれば多くの解説ページや書籍が見つかります)。気になる特許分類を見つけて、その分類の特許文献を読み込む流れが効率的です。

※IPC、FI、Fタームは階層構造を有しており、下位に進む程詳細に分類されます。大まかな技術分野を把握するのであれば、サブクラス程度でリスト化すれば、傾向を掴めるはずです。

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FI:A61K8/04の説明

試しに、富士フイルムが事業転換する前の2000年1月1日以前において、「ナノ粒子×分散」のキーワード検索を掛け合わせたところ、日本の特許文献が43件が見つかりました。「分散」とはナノ粒子にとっての形態の一つに過ぎないため、母数が足りないと感じる場合はキーワードを「ナノ粒子」のみとすることも考えられます。この場合、対象は216件です。それぞれの母集団における特許分類のランキングは以下の通りです。何れの分析結果でも、サブクラス(上述の表を参照)が「A61K:医薬用、歯科用または化粧用製剤」の特許分類が上位に存在しています。もちろん、特許文献の内容を読み込む必要はありますが、ナノ粒子に関する技術、またはナノ粒子を分散させる技術を化粧品に応用できる可能性があることが読み取れるでしょう。

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「ナノ粒子×分散」の検索結果(46件)における上位FI

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「ナノ粒子」の検索結果(216件)における上位FI


用語や技術内容の代替/関連表現に注意する

「ナノ粒子」で検索した216件には、富士フイルムの特許文献はありませんでした。特許文献中に「ナノサイズの粒子」や「ナノオーダーの粒子」という表現が用いられていれば、「ナノ粒子」のキーワードではヒットさせることができません。「ナノ粒子」という用語一つとっても、代替表現を検索して漏れを減らすことを検討する必要があることが理解頂けると思います。

また、理解し易いように「ナノ粒子を分散させる技術」と伝えていましたが、『ナノサイズでも凝集しないで乳化できる技術』という表現がより適切に技術を表しているかもしれません。つまり、従来技術には“ナノ粒子を形成する”意識はなく、技術の棚卸の過程で、「ナノサイズでも凝集しない乳化技術があればナノ粒子を形成できるだろう」という考え方がなされたのかもしれません。そうであれば、富士フイルムの過去の特許文献を見ても「ナノ粒子」という直接的な用語が用いられていないことも理解できます。自社技術の表現そのものだけでなく関連性の高い技術を用いて検索することも、検索の精度を向上させるためには重要です。

 

適合性の良い技術領域を探す

①ナノ粒子分散技術を応用できる領域を探索する流れの一部を紹介しました。一つの技術について探索が終われば、②コラーゲン技術や③抗酸化技術についても同様の分析を行い、自社技術との適合性が高い技術領域を見つけ出すことが重要です。①ナノ粒子分散技術は「浸透力」の根幹であり、化粧品としての本質的な要素と見なせます。その上で、写真フィルムの主成分であり肌と同じ成分であるコラーゲンに関する知見と、肌に悪影響を与える紫外線関する写真の経時劣化(酸化)を抑制するための知見、とを活かし、機能性の高い化粧品を提供しています。つまり、①~③の全ての自社技術を活かせる市場が化粧品だったということです。


特許分析だけでは不十分

特許分析により新規市場を開拓するヒントを得ることができます。さらに、その市場における特許分析を行うことで、競合の強み・弱みや自社が狙うべき領域のヒントを得ることができるでしょう。ただし、これらの情報はあくまでヒントです。特許分析の結果を参考にしつつ、事業性について正しい目で判断する必要があります。上記化粧品の例で見れば、特許分析により技術領域の適合性の良さを把握できたはずです。しかし、特許分析を含む知財情報だけで判断されたのではなく、既存商品に対して「機能性」に優れる点でブランディング可能などの事業的視点からの検討があったことは言うまでもないでしょう。知財情報の活用と言うと新鮮に映るかもしれませんが、魔法の一手ではなく、事業性を総合的に考慮すべきことは付け加えさせて頂きます。

 

まとめ

既存技術を活かした新規市場の探索の進め方についてお伝えしました。考え方のアウトラインはお伝えした通りですが、具体的に手を動かしていくと多くの試行錯誤が必要になるでしょう。手間にはなりますが、好条件で参入できる市場を見つけ出すヒントになることは間違いありませんので、是非活用してみて下さい。

・自社技術の棚卸により、自社技術の本質を捉える。

・自社技術の本質を利用した特許文献を分析する(限定しすぎない、代替/関連表現に注意)。

・分析結果を考慮して、技術の適合性が良い領域を特定する。

・特許分析の結果を考慮しつつ、事業性を判断する。