技術収益化への道

技術の収益化に向けたよもやま話です。自身の忘備録も兼ねています。

弁理士の専門性

社会人になって以来ずっと知財関連の仕事をしているため、弁理士(特許事務所)の選び方について聞かれることが良くあります。お話を伺うと、依頼した仕事の成果に満足できなかったことからその質問をされたようです。ただ、もう少し詳細を聞くと、企業側の要望と弁理士の専門性が合っていないことが一番の原因と感じました。自社の大切な知的財産を守るために弁理士を選定する観点について、私の経験を基に紹介します。

 

 

自社に合う弁理士を選ぶポイント

単に知名度や評判で選ぶのではなく、自社に合うか確認することをお勧め致します。個人的には、弁理士を探すときには以下の点に注意することを心掛けています。最終的に出会えるかは運次第なのかもしれませんが、良い出会いの確率を少しでも高めたいところです。

■事務所ではなく“個人”を見る。

■実際に数件依頼してみる(トライアル)。

■専門分野の適性を確認する。

■現職に至るまでのキャリアを把握する。

 

特許事務所ではなく“個人”を見る

弁理士を探す際は、弁理士ではなく“特許事務所”選びとなってしまうことが少なくありません。弁理士個人の評判を見ることは難しいため、探す入り口として特許事務所を選定する形になるのは仕方がない側面もあると思います。しかし、言うまでもありませんが、特許事務所の評判と弁理士個人の力量は必ずしも一致しません。特許事務所内では技術分野ごとに担当弁理士が分かれていることが多いです。そのため、同じ特許事務所を利用しているメーカーでも、技術分野によって評価が大きく異なるケースがあります。さらに、同一技術分野の中でも、弁理士ごとの力量はばらばらです。したがって、特許事務所の評判に惑わされることなく、また古くからの付き合いだからという理由だけで同じ事務所を選び続けるのではなく、自社技術に適性の高い弁理士を正しく選定する必要があります。

 

実際に数件依頼する(トライアル)

弁理士個人の適性を確認するには、実際に特許出願を依頼することが最も効果的です。その際、技術的に関連する複数の発明について特許出願を依頼すると、出願戦略(特許網の構築など)を一緒に検討できる弁理士か推し量ることができます。

特許事務所に所属する弁理士は、「特許出願を登録させる(≒明細書の作成+指令書対応)」ことが主要業務です。この点に対しては、事務所内における指導の徹底やダブルチェック体制の整備など、力を注いでいるところがほとんどです。そのため、一つ一つの明細書の仕上がりはしっかりしていることが多いと感じます。その一方で、企業知財部の経験や、スタートアップや中小企業を知財部的に支援する経験に乏しい場合は、出願戦略やそれに伴う特許網の構築について、十分な提案(複数の特許出願における各出願の位置づけ、複数の特許出願間の矛盾の解消等)を頂けない場合が多いです。複数の特許出願をまとめて依頼することで、出願戦略を一緒に検討可能かという判断材料を得ることができます。

 

専門分野の適性を確認する

「特許出願を登録する」一連の流れで求められる専門性は、①技術水準、②明細書作成スキル、③権利化スキル、④②と③の外国向けスキル、に大別されます。

①は打ち合わせ後の技術理解度などで感じられると思います。②と③のスキルは連動することが多く、経験に依るところが多いです。3年程度の知財業務の経験があれば、明細書を見ればある程度判断できるのではないでしょうか。一方、④の外国特許出願向けのスキルに触れるタイミングは、日本国内における②や③よりも遅いことが多いため、スキルを把握することが難しいです(外国への特許出願は、日本に特許出願してから約1年後に行われることが多いため)。しかし、海外ビジネスの展開を目指す場合は、④に対する専門性は非常に重要です。

特許法は国または地域によって異なるため、国や地域ごとに特許権を取得する必要があるため、日本の特許法に強い弁理士でも、外国の法律、明細書の作り方、特許性の考え方などに精通していない場合が多々あります。そのため、実際に仕事ぶりを見ないと④の専門性を判断することは難しいですが、外国特許事務所への英文指示書簡を“自身”で作成している方は、外国特許出願への専門性が高いことが多いと個人的には感じています(日本語で作成した文面を翻訳担当者に英訳させる場合はその逆の傾向があります)。外国の法律や判例に精通するためには原文を読む必要があり、法律的な英語力が求められます。それらを正しく理解しつつ、日頃から外国特許事務所と適切にコミュニケーションを取り続けていく積み重ねが、④の専門性の向上に繋がるのでしょう。

 

現職に至るまでのキャリアを把握する

「出願戦略 ⇒ 特許出願・権利化」の領域で弁理士と協同する場合について述べてきましたが、事業戦略に貢献する知財戦略を相談する場合はどう考えれば良いでしょうか。

製造/サービス業における事業経験がある弁理士や、中小企業・スタートアップの知財を総合的に支援した経験がある弁理士などでないと、事業戦略に貢献できる知財戦略を提言することは難しいと言えます。つまり、対応できる人材はかなり限られます。そのため、特許事務所の弁理士と会う時には過去のキャリアを確認することをお勧めします。単純に過去の経歴を確認するのではなく、技術分野、事業形態、業界内の位置づけ(規模感、先発後発など)のような具体的な経験について尋ねると良いと思います。

冒頭の「企業側の要望と弁理士の専門性が合っていない」という話は、特許事務所の経験しかない旧知の弁理士に特許分析・提案の依頼をしたが想定していたような報告を受けられなかったという話でした。依頼した業務内容と弁理士の専門性とのギャップが問題だったのでは、というのが個人的な見解です。

 

まとめ

上述した内容はあくまでも私見です。弁理士は、知的財産に係るの法律の専門家であり、日本の特許出願・権利化の専門家です。ただし、その熟練度は個人差が大きいため、トライアルにより判断することをお勧めします。また、ビジネスにおける知財活用の提案力や、外国特許への対応力など、弁理士資格では量れない専門性を求めたい場合もありますので、自社が求めるスキルに適合する弁理士を選定することが重要です。本記事がパートナー選びの一助になることを願います。

 

知財戦略って何?

『新規事業の方針を決めたから、知財戦略を立ててくれないか。』

『この事業、知財戦略を考えてこなかったから、知財戦略を立ててくれないか。』

こんなお願いをされたことはないでしょうか。一見普通のやりとりに感じるかもしれませんが、個人的にはもったいないと感じてしまいます。「知財戦略」が、事業戦略が固まった後に検討されているためです。

 

知財戦略は事業戦略とともに

知財戦略」という言葉を使う時、おそらく話し手と聞き手のイメージにはギャップが生じることが多いです。事業の段階に応じて様々な知財に関する戦略があるため、発言者の意図と聞き手が連想するものとが一致しないことが良くあります。

私がイメージする「知財戦略」は事業戦略に寄り添うものです。市場の選定、市場規模の拡大に向けた方針策定、商品(サービス、ビジネス)の決定、自社事業範囲(全て自社製造、他社調達との組合せ、等)の設定、商流の選択、ブランディングなど、事業戦略を練る種々の段階で、知財情報を活用する機会があります。知財情報はマーケティングツールの一種として認識されている方もいらっしゃるでしょう。そのため、知財情報やそれに基づく知財戦略を考慮せずに事業戦略を固めたケースを見ると、もったいないと感じてしまいます。事業戦略が固まった後に知財戦略を検討しても、事業戦略を遂行するための知財戦略という位置づけとなってしまいます。そのため、事業の枠組みを劇的に改善するような提案は難しい可能性があります。より良い事業の全体像を形作るため、あるいはより納得感のある事業戦略を練り上げるために、早い段階から知財情報を活用することをお勧め致します。ある程度事業戦略が固まった時点で、見通しの確度を高めるために知財情報を活用する形でも良いかと思います。何れにせよ、事業戦略を構築する上で、知財情報に基づく知財戦略を検討することは非常に有益です。

 

事業戦略の遂行に向けた知財戦略

 事業戦略を策定し、製品や想定顧客が見通せる段階になれば、出願戦略を立てることになります。自社と競合における製品、製造工程、商流などを考慮した望ましい特許網(国内外含む)や、特許出願する発明と営業秘密として秘匿化する発明とを分ける基準など、事業戦略を遂行するための出願戦略は必要になります。人によってはこの出願戦略を意図して知財戦略と呼ぶことがあるでしょう。加えて、出願戦略だけでなく、競合の特許権を侵害しそうな場合の対応(回避、社内整理、無効化、ライセンスなど)、共同開発や製造委託する際の契約業務、自社特許権の活用方針、なども、事業戦略の成功に向けて考えべき知財戦略と言えるでしょう。

 

まとめ

事業戦略を検討する段階から、知財情報に基づく知財戦略を取り入れることは有益です。事業戦略を練る様々な段階で知財情報は活用できますので、できることから取り組みましょう。

ところで、お伝えしてきたように、「知財戦略」という言葉は使う人や状況により意図するものが異なる、ある種のマジックワードと言えます。組織の中で使う言葉は自由に決めれば良いですが、『うちも今後は知財戦略を強化していきましょう。』と会議で締めくくられた場合、全員が何をすべきか正しく共有できているでしょうか。思考停止で使わないよう注意することはもちろん、話し手と聞き手の認識が一致するよう具体的に伝えることをお勧め致します。

先読みへの挑戦②

以前の記事では、既存事業における新規技術の開発について、顧客の潜在課題を想像することの重要性をお伝えしました。【先読みへの挑戦① - 技術収益化への道

 

本記事では、自社技術を活かした(自社にとっての)新規市場を開拓する考え方を紹介します。下記マトリクスの②です。

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自社技術の棚卸(強みの把握)

新規市場の開拓を検討するには、自社技術の棚卸が必要です。ここで言う棚卸は、自社の保有技術の整理とその技術の優位性(技術力の高さ、特許権の有無など)を把握することを意味します。自社の特許網でどのような技術をカバーしているかという視点ではなく、「自社技術の本質は何か」を追求することが目的だからです。

技術の棚卸を行い、見通しの明るくない事業から鮮やかな事業転換を成功させた好例として、富士フイルムがすぐに思い浮かぶと思います。メイン事業の写真フィルム事業から撤退し、現在では化粧品や医療機器の分野で存在感を示しています。化粧品事業を支える技術として、写真フィルム事業におけるコア技術(①ナノ粒子分散技術、②コラーゲン技術、③抗酸化技術、など)を活用していることが分かります(アスタリフト : 富士フイルム [日本])。写真フィルム事業では、高解像性、色調の鮮明さ、経時劣化の抑制といった写真品質の向上を目指していたはずです。技術の棚卸の際には、これら表面的な機能ではなく、実現させるための技術の本質を見極めたのでしょう。そして、本質となる技術を応用可能な技術領域を見出し、事業的な勝算をもって事業転換を図ったことが成功につながったと考えます。

 

新規用途の探索

対象を限定しすぎない

技術の新規用途を探す上での注意点は、「対象を限定しすぎない」ことに尽きると思います。自社技術を何に応用できるかを探すことが目的なので、調査対象を限定することは用途の可能性を狭めることになります。上述の①の技術を例とすると、ナノ粒子を凝集させずに分散させることが技術の本質であると認識すれば、最初の検索は、「ナノ粒子×分散」程度の簡単な検索として良いと思います。一般に、限定が少ない検索では抽出される特許文献の量が多くなるため、1件ずつ技術分野を見ていくことは、効率の観点から推奨しません。日本の特許文献には、技術分野に応じてIPC、FI、Fタームといった階層的な特許分類が付与されています。特許分類が示す技術分野を照会する必要はありますが、1件ずつ特許文献を読むことなく、技術分野の概要を把握することは可能です。以下に、特許分類の一例を紹介しますが()、特許分類の詳細な説明はここでは割愛いたします(「特許分類」で検索すれば多くの解説ページや書籍が見つかります)。気になる特許分類を見つけて、その分類の特許文献を読み込む流れが効率的です。

※IPC、FI、Fタームは階層構造を有しており、下位に進む程詳細に分類されます。大まかな技術分野を把握するのであれば、サブクラス程度でリスト化すれば、傾向を掴めるはずです。

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FI:A61K8/04の説明

試しに、富士フイルムが事業転換する前の2000年1月1日以前において、「ナノ粒子×分散」のキーワード検索を掛け合わせたところ、日本の特許文献が43件が見つかりました。「分散」とはナノ粒子にとっての形態の一つに過ぎないため、母数が足りないと感じる場合はキーワードを「ナノ粒子」のみとすることも考えられます。この場合、対象は216件です。それぞれの母集団における特許分類のランキングは以下の通りです。何れの分析結果でも、サブクラス(上述の表を参照)が「A61K:医薬用、歯科用または化粧用製剤」の特許分類が上位に存在しています。もちろん、特許文献の内容を読み込む必要はありますが、ナノ粒子に関する技術、またはナノ粒子を分散させる技術を化粧品に応用できる可能性があることが読み取れるでしょう。

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「ナノ粒子×分散」の検索結果(46件)における上位FI

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「ナノ粒子」の検索結果(216件)における上位FI


用語や技術内容の代替/関連表現に注意する

「ナノ粒子」で検索した216件には、富士フイルムの特許文献はありませんでした。特許文献中に「ナノサイズの粒子」や「ナノオーダーの粒子」という表現が用いられていれば、「ナノ粒子」のキーワードではヒットさせることができません。「ナノ粒子」という用語一つとっても、代替表現を検索して漏れを減らすことを検討する必要があることが理解頂けると思います。

また、理解し易いように「ナノ粒子を分散させる技術」と伝えていましたが、『ナノサイズでも凝集しないで乳化できる技術』という表現がより適切に技術を表しているかもしれません。つまり、従来技術には“ナノ粒子を形成する”意識はなく、技術の棚卸の過程で、「ナノサイズでも凝集しない乳化技術があればナノ粒子を形成できるだろう」という考え方がなされたのかもしれません。そうであれば、富士フイルムの過去の特許文献を見ても「ナノ粒子」という直接的な用語が用いられていないことも理解できます。自社技術の表現そのものだけでなく関連性の高い技術を用いて検索することも、検索の精度を向上させるためには重要です。

 

適合性の良い技術領域を探す

①ナノ粒子分散技術を応用できる領域を探索する流れの一部を紹介しました。一つの技術について探索が終われば、②コラーゲン技術や③抗酸化技術についても同様の分析を行い、自社技術との適合性が高い技術領域を見つけ出すことが重要です。①ナノ粒子分散技術は「浸透力」の根幹であり、化粧品としての本質的な要素と見なせます。その上で、写真フィルムの主成分であり肌と同じ成分であるコラーゲンに関する知見と、肌に悪影響を与える紫外線関する写真の経時劣化(酸化)を抑制するための知見、とを活かし、機能性の高い化粧品を提供しています。つまり、①~③の全ての自社技術を活かせる市場が化粧品だったということです。


特許分析だけでは不十分

特許分析により新規市場を開拓するヒントを得ることができます。さらに、その市場における特許分析を行うことで、競合の強み・弱みや自社が狙うべき領域のヒントを得ることができるでしょう。ただし、これらの情報はあくまでヒントです。特許分析の結果を参考にしつつ、事業性について正しい目で判断する必要があります。上記化粧品の例で見れば、特許分析により技術領域の適合性の良さを把握できたはずです。しかし、特許分析を含む知財情報だけで判断されたのではなく、既存商品に対して「機能性」に優れる点でブランディング可能などの事業的視点からの検討があったことは言うまでもないでしょう。知財情報の活用と言うと新鮮に映るかもしれませんが、魔法の一手ではなく、事業性を総合的に考慮すべきことは付け加えさせて頂きます。

 

まとめ

既存技術を活かした新規市場の探索の進め方についてお伝えしました。考え方のアウトラインはお伝えした通りですが、具体的に手を動かしていくと多くの試行錯誤が必要になるでしょう。手間にはなりますが、好条件で参入できる市場を見つけ出すヒントになることは間違いありませんので、是非活用してみて下さい。

・自社技術の棚卸により、自社技術の本質を捉える。

・自社技術の本質を利用した特許文献を分析する(限定しすぎない、代替/関連表現に注意)。

・分析結果を考慮して、技術の適合性が良い領域を特定する。

・特許分析の結果を考慮しつつ、事業性を判断する。

先読みへの挑戦①

自社技術に基づいて収益を生み出していくためには、市場の選定が非常に重要です。競合ひしめく領域(レッドオーシャン)に後発的に飛び込んでも高い収益を得ることは難しいです。成長市場で自社の技術力が優位/新規となるような、ブルーオーシャンを見極めなければなりません。

多くの企業には、競合が存在します。競合も研究開発を行っているため、明確な方針なく研究開発を行っていては、競合に差をつける自社製品の特長を出せません。こうなると、競争力を出せず、収益を期待できなくなります。

やみくもに研究開発するのではなく、自社技術(特に強み)を把握しつつ、顧客が求めるものを見極める力(技術開発の方向性を先読みする力)が必要です。先読みと言っても、社会構造を大転換させる画期的な発明をせよ、という話ではありません。自社で蓄積した技術を捨てて最新の技術トレンドに乗る、という話でもありません。ここでは、①既存顧客との事業における顧客の心を掴む商品開発や、②自社技術の強みを理解した上で新規事業を検討する、といった「先読み」を意味します。斬新な取り組みではなく、地道な日々の業務の延長線上の話です。①は既存市場における新規技術の適用、②は既存技術に基づく新規市場の開拓とも言えます(下記アンゾフマトリクス参照)。なお、新規技術×新規市場に飛び込むことはリスクが高いです。既存事業との連続性を持たせた領域に進出することが一般的です。

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この記事では、①既存顧客が存在する事業において特許分析を活用して研究開発の方向性を先読みする考え方を整理します。自社技術から新規事業を探索する考え方(上図の②)は、別の記事で整理致します。

先読みへの挑戦② - 技術収益化への道

 

 

既存顧客の"潜在課題"を把握する

事業を進めていくと、顧客からの技術的な要望を受けることが多くなります。B to C事業の場合は口コミの悪評価が要望に相当します。これらの要望は顧客にとっての課題です。自社製品を開発する際には顧客の課題を解決するための工夫を行うでしょう。工夫を積み重ねることで自社の技術力が向上し、顧客満足度を満たすことにつながります。この工夫こそが「発明」であり、特許出願につなげることもできます(※)。このサイクル自体は悪くありませんが、収益性の向上を目的とする場合、自社の技術力が優位/新規になる市場に積極的に向かっていると言えるでしょうか?「顧客から提示される課題を解決する」このサイクルだけで十分でしょうか?

※予算が無限にあれば全て特許出願することも可能ですが、実際には何を出願するか選定することになります。侵害発見容易性、技術の価値、権利化の可能性、第三者への影響などを考慮し、特許出願かノウハウとしての秘匿化かを判断することになります。「何を出願すべきか」というテーマは別の記事で扱います。

商流を安定させるため、顧客が複数社からの購買を検討することはよくあります。この場合、競合との技術競争や価格競争が発生する可能性が高いです。さらに、顧客が要求する水準を達成できない場合はビジネス自体が失われるリスクがあります。つまり、顧客からの要求に対応するだけでは、価格を含めた様々な面で主導権を取ることが難しく、収益性の高い事業につなげられません。

 顧客の要求は、すでに顧客が気付いている(顕在的な)課題です。収益性の向上に向けて意識したいのは”顕在課題”ではなく、顧客が気付いていない課題『潜在課題』です。これは通常の営業活動から把握することは難しい。何せ顧客自身が気付いていないのですから。潜在課題は、次の①~③のように営業と知財の視点から情報を分析し、考察を深めた上でようやく想像できるものです。

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(1)市場規模・トレンド・サプライチェーンの把握

(2)顧客と顧客の競合に関する特許の分析+潜在課題の検討

(3) 最新技術の整理

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 (1)は営業的視点が強い作業のため割愛し、(2)と(3)について説明します。

 

特許分析と潜在課題の想像

顧客の製品開発について、顧客レベルで把握することが肝要です。例えば、自転車のサドルを製造する企業であれば顧客の製品(自転車)に関する製品開発に詳しくなることが求められます。自転車の製造工程を理解し、サドルを取り付ける際の課題()を正しく把握できれば、顧客ニーズに合うサドルを提供できる可能性は高まります。(1)として市場規模・トレンド・サプライチェーンなど事業の全体像の把握を挙げたのはこのためです。顧客の課題を把握するためには、事業の全体像は必要な情報です。特許(技術)分析だけでは効果は半減します。

※大きな問題でなくても、「少し手間だ」「工数多いな」といった小さな問題からでも解決の糸口は見つかることがあります。

特許分析において、自社と競合の技術的な強み・弱みの整理を目的として、競合サドルメーカーを分析することは考えつくでしょう。この分析は非常に重要です。ですが、顧客の潜在課題を見出すためには、顧客となる自転車メーカーまで分析対象を広げてください。特許文献には発明の課題と解決手段が記載されているため、適切な特許調査を行うことで顧客製品における課題-解決手段マトリクスを整理することができます。これを読み解くことで、顧客の開発動向を読み取ることができます。可能であれば一次顧客だけではなく、二次顧客、三次顧客に対する分析にも取り組みたいところです。読み取りの精度が向上します。

ただし、顧客製品に対する課題-解決手段マトリクスの中に自社製品に活かせる課題が直接的に記載されているとは限らないという点には注意が必要です。特許分析を行えばすぐに都合の良い課題が見えてくる訳ではありません。

例えば、上記仮想事例においてシティサイクルやママチャリが大半を占める自転車市場がある場合、特許分析により顧客がスポーツ系自転車の開発に力を入れていることが読み取れたとします。おそらく、自転車メーカーの特許出願を読み込むと、自転車メーカー視点の課題(軽量化・耐久性など)が記載されているだけで、スポーツ系自転車のサドルに求められる特徴は直接記載されていないでしょう。記載されていればそもそも顧客の顕在課題です。ここで、「顧客の特許を分析しても参考になる情報はない。特許分析は意味がない。」と判断するのは早計です。シティサイクルやママチャリでは「ただ座るための部品」だったサドルについて、「スポーツ系自転車のユーザーは長時間座ることが多いだろう⇒快適性を高めるには、クッション性の向上や荷重を分散させる形状などを検討する余地があるだろう。」のように、スポーツ系自転車に求められるサドルの潜在課題を想像する工程が必要になります。潜在課題は一つとは限らず複数読み取れる場合があると思います。研究開発の方向性を定めるためには自社技術の強みを活かせる領域は何か、開発した製品の市場インパクトはあるか、採算性は十分か、という観点から判断することになります。

設定した潜在課題が適当であれば、スポーツ系自転車に好適なサドルを顧客に提案できます。ピントの合った提案は顧客にとって嬉しいものですし、自発的な(顧客から言われる前に行う)提案は顧客からの信頼を高めます。さらに、先読みに基づき開発した技術は、競合が着手していない新しい技術の可能性が高いです。この新しい技術に関する特許権を取得すれば()、市場の優位性や価格決定の主導権を確保し、収益性の高い事業にすることが可能です。  

特許権を一つとるだけでは市場の優位性は出せません。技術的にコアな部分である基本特許や周辺特許などを組み合わせて特許網(特許ポートフォリオを作る必要がありますが、「発明ができたから特許出願する」程度の感覚では適切な特許網を構築できません。実用新案権意匠権などを含めた出願戦略については、後日別の記事に整理します。

 

最新技術の追跡による精度向上

特許分析が適切になされれば、研究開発の方向性を見出し易くなります。ただし、特許出願は出願から1年6ヶ月後に公開され検索対象となるため、特許調査を行っても1年6ヶ月前の動向までしか把握できないことにはご注意ください。技術分野によっては開発サイクルが非常に短いため、この期間における情報の欠如が致命的になる可能性があります。そのため、論文、プレスリリース、技報などの情報を確認し、直近1年6ヶ月の動向の穴埋めをすることが、分析結果の精度向上につながります。

 

まとめ

顧客の潜在課題の発掘と聞けば何やら凄そうなことをしているように聞こえますが、そのアプローチや考え方は突飛なことではありません。情報を集めることは誰でもできますが、「作業効率」、「読取精度」、「分析視点」に差が生まれます。腰を据えてじっくり取り組み、納得感のある研究開発に進みましょう。

 

・特許分析にて自社と競合の技術的な強み・弱みを把握する。

・顧客の特許分析結果と事業の全体像とを考慮し、顧客の潜在課題を想像する

・特許情報は最新ではないため、直近の情報についてはWeb等で収集する。

・自社技術の強みで解決できる潜在課題を検討し、市場インパクトや事業採算性の観点から妥当性を検討する。

自社技術の現状を把握しよう

技術立脚の事業において、立上げ・方向性の変更・撤退などの様々な判断の際には『競合や商流の中における自社技術の現状』を把握することに異論は無いと思います。

研究開発に十分な資産を投入できる大企業、技術力で事業を支える中小企業、新規技術に基づき革新的な事業を目指すスタートアップでは、その重要性を当然に認識しています。対象の技術分野における特許調査に基づいて自社/他社の特許網を照らし合わせつつ、競合との優劣を把握して研究開発の方向性や販売先の検討を進めていると思います(研究開発の前段階・初期段階において事業計画の青写真を描いていると思いますが、その過程で軌道修正することも多いはず)。

 これまで知財を十分にケアしていない(他社の特許権を見ていない/特許出願をしていない)企業にとって、特許調査はあまりなじみがないかもしれません。しかし、以下の観点から非常に重要な取組みと言えます。

 

競合に対する自社技術の位置づけの把握

自社で特許出願をしていなくても、特許調査により競合企業の特許出願を分析することは可能です(いわゆる技術動向調査)。他社の特許出願を分析することで、研究開発の動向を読み取ることができます。加えて、適切な分析を行うことで競合企業の技術的な強み・弱みを把握することができ、自社技術の相対的な優位性を特定することができます。営業部門に蓄えられる事業の全体像と組み合わせることによって、研究開発の方向性や今後の事業展開に関する示唆を得ることができます()。

※特許などの知財情報のみから戦略を作ることは危険です。プレーヤーやサプライチェーンを整理した上で自社技術の優位性と知財状況を把握し、事業戦略を構築することが大切です。そのため、外部に調査を委託する場合には、開示できる範囲で事業の情報を委託先と共有し、分析の切り口を広げてもらうことが重要です。

 

特許侵害の回避 

特許権者は、特許権を侵害した者に対し差し止め(特許法第100条)や損害賠償(民法第709条)の請求ができるため、他社の特許権を確認せずに事業を進めると、悪意がなくとも第三者特許権を侵害してしまうリスクがあります。そのため、自社で展開する事業分野において他社の特許権を把握することは、リスクヘッジにつながります。

※技術動向調査でも他社の権利をある程度把握できますが、侵害防止という観点では、技術動向調査に比べて抜け・漏れのない精度の高い調査(侵害防止調査)を行うことが一般的です。

 

知財を整備する第一手は技術の現状把握に尽きますので、蔑ろにすることなく取り組みましょう!

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