技術収益化への道

技術の収益化に向けたよもやま話です。自身の忘備録も兼ねています。

先読みへの挑戦①

自社技術に基づいて収益を生み出していくためには、市場の選定が非常に重要です。競合ひしめく領域(レッドオーシャン)に後発的に飛び込んでも高い収益を得ることは難しいです。成長市場で自社の技術力が優位/新規となるような、ブルーオーシャンを見極めなければなりません。

多くの企業には、競合が存在します。競合も研究開発を行っているため、明確な方針なく研究開発を行っていては、競合に差をつける自社製品の特長を出せません。こうなると、競争力を出せず、収益を期待できなくなります。

やみくもに研究開発するのではなく、自社技術(特に強み)を把握しつつ、顧客が求めるものを見極める力(技術開発の方向性を先読みする力)が必要です。先読みと言っても、社会構造を大転換させる画期的な発明をせよ、という話ではありません。自社で蓄積した技術を捨てて最新の技術トレンドに乗る、という話でもありません。ここでは、①既存顧客との事業における顧客の心を掴む商品開発や、②自社技術の強みを理解した上で新規事業を検討する、といった「先読み」を意味します。斬新な取り組みではなく、地道な日々の業務の延長線上の話です。①は既存市場における新規技術の適用、②は既存技術に基づく新規市場の開拓とも言えます(下記アンゾフマトリクス参照)。なお、新規技術×新規市場に飛び込むことはリスクが高いです。既存事業との連続性を持たせた領域に進出することが一般的です。

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この記事では、①既存顧客が存在する事業において特許分析を活用して研究開発の方向性を先読みする考え方を整理します。自社技術から新規事業を探索する考え方(上図の②)は、別の記事で整理致します。

先読みへの挑戦② - 技術収益化への道

 

 

既存顧客の"潜在課題"を把握する

事業を進めていくと、顧客からの技術的な要望を受けることが多くなります。B to C事業の場合は口コミの悪評価が要望に相当します。これらの要望は顧客にとっての課題です。自社製品を開発する際には顧客の課題を解決するための工夫を行うでしょう。工夫を積み重ねることで自社の技術力が向上し、顧客満足度を満たすことにつながります。この工夫こそが「発明」であり、特許出願につなげることもできます(※)。このサイクル自体は悪くありませんが、収益性の向上を目的とする場合、自社の技術力が優位/新規になる市場に積極的に向かっていると言えるでしょうか?「顧客から提示される課題を解決する」このサイクルだけで十分でしょうか?

※予算が無限にあれば全て特許出願することも可能ですが、実際には何を出願するか選定することになります。侵害発見容易性、技術の価値、権利化の可能性、第三者への影響などを考慮し、特許出願かノウハウとしての秘匿化かを判断することになります。「何を出願すべきか」というテーマは別の記事で扱います。

商流を安定させるため、顧客が複数社からの購買を検討することはよくあります。この場合、競合との技術競争や価格競争が発生する可能性が高いです。さらに、顧客が要求する水準を達成できない場合はビジネス自体が失われるリスクがあります。つまり、顧客からの要求に対応するだけでは、価格を含めた様々な面で主導権を取ることが難しく、収益性の高い事業につなげられません。

 顧客の要求は、すでに顧客が気付いている(顕在的な)課題です。収益性の向上に向けて意識したいのは”顕在課題”ではなく、顧客が気付いていない課題『潜在課題』です。これは通常の営業活動から把握することは難しい。何せ顧客自身が気付いていないのですから。潜在課題は、次の①~③のように営業と知財の視点から情報を分析し、考察を深めた上でようやく想像できるものです。

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(1)市場規模・トレンド・サプライチェーンの把握

(2)顧客と顧客の競合に関する特許の分析+潜在課題の検討

(3) 最新技術の整理

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 (1)は営業的視点が強い作業のため割愛し、(2)と(3)について説明します。

 

特許分析と潜在課題の想像

顧客の製品開発について、顧客レベルで把握することが肝要です。例えば、自転車のサドルを製造する企業であれば顧客の製品(自転車)に関する製品開発に詳しくなることが求められます。自転車の製造工程を理解し、サドルを取り付ける際の課題()を正しく把握できれば、顧客ニーズに合うサドルを提供できる可能性は高まります。(1)として市場規模・トレンド・サプライチェーンなど事業の全体像の把握を挙げたのはこのためです。顧客の課題を把握するためには、事業の全体像は必要な情報です。特許(技術)分析だけでは効果は半減します。

※大きな問題でなくても、「少し手間だ」「工数多いな」といった小さな問題からでも解決の糸口は見つかることがあります。

特許分析において、自社と競合の技術的な強み・弱みの整理を目的として、競合サドルメーカーを分析することは考えつくでしょう。この分析は非常に重要です。ですが、顧客の潜在課題を見出すためには、顧客となる自転車メーカーまで分析対象を広げてください。特許文献には発明の課題と解決手段が記載されているため、適切な特許調査を行うことで顧客製品における課題-解決手段マトリクスを整理することができます。これを読み解くことで、顧客の開発動向を読み取ることができます。可能であれば一次顧客だけではなく、二次顧客、三次顧客に対する分析にも取り組みたいところです。読み取りの精度が向上します。

ただし、顧客製品に対する課題-解決手段マトリクスの中に自社製品に活かせる課題が直接的に記載されているとは限らないという点には注意が必要です。特許分析を行えばすぐに都合の良い課題が見えてくる訳ではありません。

例えば、上記仮想事例においてシティサイクルやママチャリが大半を占める自転車市場がある場合、特許分析により顧客がスポーツ系自転車の開発に力を入れていることが読み取れたとします。おそらく、自転車メーカーの特許出願を読み込むと、自転車メーカー視点の課題(軽量化・耐久性など)が記載されているだけで、スポーツ系自転車のサドルに求められる特徴は直接記載されていないでしょう。記載されていればそもそも顧客の顕在課題です。ここで、「顧客の特許を分析しても参考になる情報はない。特許分析は意味がない。」と判断するのは早計です。シティサイクルやママチャリでは「ただ座るための部品」だったサドルについて、「スポーツ系自転車のユーザーは長時間座ることが多いだろう⇒快適性を高めるには、クッション性の向上や荷重を分散させる形状などを検討する余地があるだろう。」のように、スポーツ系自転車に求められるサドルの潜在課題を想像する工程が必要になります。潜在課題は一つとは限らず複数読み取れる場合があると思います。研究開発の方向性を定めるためには自社技術の強みを活かせる領域は何か、開発した製品の市場インパクトはあるか、採算性は十分か、という観点から判断することになります。

設定した潜在課題が適当であれば、スポーツ系自転車に好適なサドルを顧客に提案できます。ピントの合った提案は顧客にとって嬉しいものですし、自発的な(顧客から言われる前に行う)提案は顧客からの信頼を高めます。さらに、先読みに基づき開発した技術は、競合が着手していない新しい技術の可能性が高いです。この新しい技術に関する特許権を取得すれば()、市場の優位性や価格決定の主導権を確保し、収益性の高い事業にすることが可能です。  

特許権を一つとるだけでは市場の優位性は出せません。技術的にコアな部分である基本特許や周辺特許などを組み合わせて特許網(特許ポートフォリオを作る必要がありますが、「発明ができたから特許出願する」程度の感覚では適切な特許網を構築できません。実用新案権意匠権などを含めた出願戦略については、後日別の記事に整理します。

 

最新技術の追跡による精度向上

特許分析が適切になされれば、研究開発の方向性を見出し易くなります。ただし、特許出願は出願から1年6ヶ月後に公開され検索対象となるため、特許調査を行っても1年6ヶ月前の動向までしか把握できないことにはご注意ください。技術分野によっては開発サイクルが非常に短いため、この期間における情報の欠如が致命的になる可能性があります。そのため、論文、プレスリリース、技報などの情報を確認し、直近1年6ヶ月の動向の穴埋めをすることが、分析結果の精度向上につながります。

 

まとめ

顧客の潜在課題の発掘と聞けば何やら凄そうなことをしているように聞こえますが、そのアプローチや考え方は突飛なことではありません。情報を集めることは誰でもできますが、「作業効率」、「読取精度」、「分析視点」に差が生まれます。腰を据えてじっくり取り組み、納得感のある研究開発に進みましょう。

 

・特許分析にて自社と競合の技術的な強み・弱みを把握する。

・顧客の特許分析結果と事業の全体像とを考慮し、顧客の潜在課題を想像する

・特許情報は最新ではないため、直近の情報についてはWeb等で収集する。

・自社技術の強みで解決できる潜在課題を検討し、市場インパクトや事業採算性の観点から妥当性を検討する。